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リー・ミラーが写し出す写真には、人間が持つ脆さと残酷さの両方が刻みこまれ、今もなお人々を惹きつける重要な歴史的記録として真実を伝えている。
「VOGUE」誌をはじめトップモデルとして華やかで自由な生活を謳歌し、マン・レイ、パブロ・ピカソ、ココ・シャネル、ジャン・コクトー、コンデ・ナストら時の天才たちを魅了。類稀なる輝きは報道写真家に転身してからも光りを放ち、第二次世界大戦が始まるとその情熱とエネルギーは戦場へ向けられる。彼女はいかにして従軍記者になったのか、戦争の前線で目撃した真実、人生をかけて遺したものとは──。
彼女の生き方に大きく感銘したケイト・ウィンスレットが製作総指揮・主演で贈る、リー・ミラーの偉大で情熱的で数奇な運命が遂に映画化!

STORY

「傷にはいろいろある。見える傷だけじゃない」
1938年フランス、リー・ミラー(ケイト・ウィンスレット)は、芸術家や詩人の親友たち──ソランジュ・ダヤン(マリオン・コティヤール)やヌーシュ・エリュアール(ノエミ・メルラン)らと休暇を過ごしている時に芸術家でアートディーラーのローランド・ペンローズ(アレクサンダー・スカルスガルド)と出会い、瞬く間に恋に落ちる。だが、ほどなく第二次世界大戦の脅威が迫り、一夜にして日常生活のすべてが一変する。写真家としての仕事を得たリーは、アメリカ「LIFE」誌のフォトジャーナリスト兼編集者のデイヴィッド・シャーマン(アンディ・サムバーグ)と出会い、チームを組む。1945年従軍記者兼写真家としてブーヘンヴァルト強制収容所やダッハウ強制収容所など次々とスクープを掴み、ヒトラーが自死した日、ミュンヘンにあるヒトラーのアパートの浴室で戦争の終わりを伝える。だが、それらの光景は、リー自身の心にも深く焼きつき、戦後も長きに渡り彼女を苦しめることとなる。

CAST

リー・ミラー (Lee Miller)
英国版『VOGUE』誌の記者として第二次世界大戦中のヨーロッパを取材した、アメリカの先駆的な従軍記者兼写真家。彼女は歳を重ねるごとに、自分のことをモデルや男性アーティストたちのミューズとして覚えてほしくないと思った。彼女は当時の女性に対する期待やルールに逆らい、戦争の最前線から事実を報じるため、ヨーロッパへ渡る。そこでリーは、自身の秘めてきたトラウマを映し出すかのように、ナチス政権の残虐な行いを世に伝えるべく、ローライフレックスカメラで写真を撮った。彼女は、ダッハウ強制収容所を始め、ヨーロッパ各地で衝撃的で恐ろしい光景をフィルムに収めた。戦争とその犠牲者や影響を捉えた彼女の写真は、第二次世界大戦において最も意義深く、歴史的にも重要なものとして残り続けている。彼女はその後の戦争写真のあり方を永遠に変えた一方、凄惨なものを見たこと、そしてその物語を伝えることに多大な労力を費やしたことにより、精神的に大きな犠牲を払うことになる。
ケイト・ウィンスレット (Kate Winslet)
1975年、イギリス・バークシャー出身。両親ともに舞台俳優の演劇一家で育つ。11歳でCM出演、17歳で映画『乙女の祈り』(1994)で映画デビュー。その翌年には『いつか晴れた日に』(1995)でアカデミー助演女優賞にノミネート、英国アカデミー賞で助演女優賞を受賞する。1997年の映画『タイタニック』でヒロインのローズ役を演じ国際的スターとなりアカデミー賞ノミネート。その後も『アイリス』(2001)、『エターナル・サンシャイン』(2004)、『リトル・チルドレン』(2006)などでアカデミー賞ノミネートされ、2009年の『愛を読むひと』で念願のアカデミー主演女優賞を受賞。実力派女優としての評価を確立する。7度のアカデミー賞ノミネートを含め数々の賞を受賞し、2012年には大英帝国勲章を授与された。ほか主な映画作品は、『ホリデイ』(2006)、『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(2008)、『コンテイジョン』(2011)、『とらわれて夏』(2013)、『スティーブ・ジョブズ』(2015)、『女と男の観覧車』(2017)、『アンモナイトの目覚め』(2020)など多数。
デイヴィッド・E・シャーマン (David E.Scherman)
アメリカのフォトジャーナリスト兼編集者。ユダヤ人の両親の元マンハッタンに生まれ、ニューヨークで育つ。1936年にダートマス大学を卒業し、『LIFE』誌のカメラマンとなる。彼は第二次世界大戦を取材する中でリー・ミラーに出会い、彼女とチームを組み、数々の仕事をした。二人は生涯の友人となる。二人が生み出した最もアイコニックな写真は、ヒトラーとエヴァ・ブラウンがベルリンの地下壕で自殺した夜に、ヒトラーのミュンヘン宅の浴室で撮ったセルフポートレートであり、それは今日においても、20世紀で最もアイコニックな写真の一つとなっている。戦後、シャーマンは『LIFE』誌の編集者となり、同誌で最も長く勤務したスタッフとなった。
アンディ・サムバーグ (Andy Samberg)
1978年、アメリカ・カリフォルニア州バークレー出身。コメディアン、俳優、声優、歌手、製作者として幅広く活躍する。2001年に幼なじみのヨーマ・タコンヌ、アキバ・シェイファーとコメディトリオ「ザ・ロンリー・アイランド」を結成し、人気コメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」にレギュラー出演(2005年〜2012年)。2007年に映画『ホット・ロッド めざせ!不死身のスタントマン』で俳優デビュー。TVコメディドラマ「ブルックリン・ナイン-ナイン」(2013〜2021)で主演をつとめゴールデングローブ賞最優秀主演男優賞を受賞。ほか主な映画作品は、『セレステ∞ジェシー』(2012)、『俺たちポップスター』(2016)など。製作と主演を兼ねたロマンチック・コメディ映画『パーム・スプリングス』(2020)でゴールデングローブ賞にノミネート。声優として、『モンスター・ホテル』シリーズや『くもりときどきミートボール』シリーズなどのアニメ映画に出演している。
ローランド・ペンローズ (Roland Penrose)
イギリス人の芸術家、歴史学者、詩人、伝記作者。彼は近代美術の有力なプロモーター兼収集家で、シュルレアリストのメンバーでもあり、自身も優れた芸術家だった。第二次世界大戦勃発の2年前にリー・ミラーと出会い、恋に落ちる。その後二人は結婚。彼はリーが従軍記者になることを応援しており、二人が出会って以降の彼女の人生における大きな転機には必ず彼女を支えた。戦時中は自身の芸術の技術を活用して迷彩柄を教えていた。
アレクサンダー・スカルスガルド (Alexander Skarsgård)
1976年、スウェーデン・ストックホルム出身。国際的俳優ステラン・スカルスガルドの長男。3人の弟も俳優として活躍する芸能一家。7歳から子役として活動を始め、学業と兵役を経てイギリスとアメリカで演技を学ぶ。スウェーデンの多くの作品に出演し、ベン・スティラー監督・主演の映画『ズーランダー』(2001)に出演。その後、アメリカのTVミニシリーズ「ジェネレーション・キル」(2008)で評価を上げ、TVシリーズ「トゥルーブラッド」(2008〜2014)では1000歳のバイキング・ヴァンパイア、エリック・ノースマン役に抜擢されブレイクする。2017年のTVミニシリーズ「ビッグ・リトル・ライズ」でゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞。主な映画作品は、『メランコリア』(2011)、『バトルシップ』(2012)、『メイジーの瞳』(2012)、『ターザン:REBORN』(2016)、『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』(2018)、『ゴジラvsコング』(2021)、『ノースマン 導かれし復讐者』(2022)、『インフィニティ・プール』(2024)など。
ソランジュ・ダヤン (Solange D’Ayen)
結婚して侯爵夫人となった。仏版『VOGUE』誌や『House & Garden』誌の編集者であり、シュルレアリストのメンバー兼支援者で、リー・ミラーとは非常に親しい友人である。レジスタンス集団のメンバーで、第6代アヤン公爵でありフランス・レジスタンス集団のメンバーでもあるジャンと結婚。ジャンは、1942年1月22日にゲシュタポに逮捕され拷問を受け、パリのゲシュタポ本部に収容された。その後、いくつかの強制収容所に移送され、最終的にベルゲン・ベルゼン強制収容所に移送されたが、収容所が解放される前日に死去。
マリオン・コティヤール (Marion Cotillard)
1975年、フランス・パリ出身。舞台俳優の両親の影響を受け、幼少期から舞台に立ち、オルレアンの演劇学校で演劇を学び、『そして僕は恋をする』や『TAXi』シリーズに出演して知名度を上げる。2003年にティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』でハリウッドデビューを果たし、2004年にジャン=ピエール・ジュネ監督の『ロング・エンゲージメント』でセザール賞助演女優賞を受賞。代表作となったフランス映画『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』(2007)ではエディット・ピアフ役を演じ、セザール賞主演女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)、アカデミー賞主演女優賞を受賞し、国際的な名声を確立する。ほか主な映画作品は、『NINE』(2009)、『インセプション』(2010)、『君と歩く世界』(2012)、『ダークナイト ライジング』(2012)、『エヴァの告白』(2013)、『サンドラの週末』(2014)、『アネット』(2021)など。フランス映画からハリウッド映画まで広く活躍する。2020年にはシャネルNo.5の新たなミューズに選ばれた。
ジャーナリスト
1977年、イギリスのファーリー・ファームで、70歳のリー・ミラーに当時の様子を取材する若手ジャーナリスト。
ジョシュ・オコナー (Josh O’Connor)
1990年、イングランド・チェルトナム出身。ブリストル・オールド・ヴィック演劇学校を卒業後、映画やTVドラマでキャリアをスタートさせる。主演をつとめた映画『ゴッズ・オウン・カントリー』(2017)で英国インディペンデント映画賞の主演男優賞を受賞。BIFA賞の主演男優賞、英国アカデミー賞のブレイクスルーブリット賞など多くの賞にノミネートされる。Netflixドラマシリーズ「ザ・クラウン」ではチャールズ皇太子役を演じ、ゴールデン・グローブ賞テレビ部門とプライムタイム・エミー賞の主演男優賞を獲得。主演作『墓泥棒と失われた女神』(2024)は、『幸福なラザロ』を観て感銘を受けたオコナー自身がロルヴァケル監督作品への出演を熱望し主演となった。ほか主な映画作品は、『幸せの答え合わせ』(2021)、『帰らない日曜日』(2022)、『チャレンジャーズ』(2024)など。クリステン・スチュワート、エル・ファニングら共演予定の『Rosebushpruning』の撮影が控えている。俳優だけでなく、ブルガリやロエベなどハイブランドのモデルや写真家としても活動する。
オードリー・ウィザーズ (Audrey Withers)
エリザベス・オードリー・ウィザーズOBEは、オードリー・ウィザーズとして知られるイギリス人ジャーナリストで、産業デザイン協議会の会員でもあった。1940年から1960年の期間は英国版『VOGUE』誌で編集を担当した。1940年9月に編集者になったが、同じ月にザ・ブリッツ(ロンドン大空襲)が始まった。ナチス軍がヨーロッパ全土に進軍する中、ウィザーズは『VOGUE』誌を女性読者が軍事活動に参加するための手引書に作り変えた。『VOGUE』誌の奨励により、女性たちは軍需工場での労働、ラジオや交換機の操作、赤十字の看護師としてのボランティア活動、ロンドンの救急車の運転、緊急時の野外炊事場の運営などをするようになる。ウィザーズは自身の伝記に次のように記している。「戦禍の中、戦争についての報道が必要とされた中で、リー・ミラーはまさにそのために創造された人なのかもしれない」
アンドレア・ライズボロー (Andrea Riseborough)
1981年、イギリス・ニューカッスル出身。王立演劇学校で演技を学び、名門ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに所属し演技を磨く。マイク・リー監督のオファーで映画『ハッピー・ゴー・ラッキー』(2008)に出演、本格的な映画デビューを飾る。その後、『わたしを離さないで』(2010)や『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』(2011)などのイギリス映画で活躍。2013年のトム・クルーズ主演作『オブリビオン』でハリウッドデビューを果たす。アカデミー賞作品賞をはじめ数々の賞を受賞した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)では主人公の恋人役を演じた。主演と製作総指揮を兼ねた『To Leslie トゥ・レスリー』(2023)ではアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。ほか主な出演作は、『ノクターナル・アニマルズ』(2016)、『スターリンの葬送狂騒曲』『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2017)、『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2018)、『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』『ポゼッサー』(2020)など。
ヌーシュ・エリュアール (Nusch Éluard)
フランス人パフォーマー、モデル、シュルレアリストの芸術家。リー・ミラーの友人で、夫はポール・エリュアール。ヌーシュは第二次世界大戦中のナチス占領下のフランスでレジタンスのために働く。1946年にパリで脳卒中により死去。
ノエミ・メルラン (Noemie Merlant)
1988年、フランス・パリ出身。モデルとしてキャリアをスタートさせた後、パリのクール・フローラン演劇学校で学び、2011年から本格的に俳優としてのキャリアをスタートさせる。マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督作『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(2014)に出演後、同監督の『ヘヴン・ウィル・ウェイト』(2016)で主演をつとめ、セザール賞の有望若手女優賞にノミネート。セリーヌ・シアマ監督の『燃ゆる女の肖像』(2019)での演技が絶賛され、セザール賞とヨーロッパ映画賞にノミネート、実力派国際俳優として注目を集める。1974年の大ヒット作『エマニエル夫人』を現代版にリメイクした『エマニュエル』(2025)では主演をつとめ、主人公の脆さと強さを体現した。俳優としての活動にとどまらず、2017年以降は映画監督として2作の短編映画を発表している。ほか主な出演作は、『恋する遊園地』『不実な女と官能詩人』『英雄は嘘がお好き』(2019)、『パリ13区』(2022)、『TAR ター』(2023)など。

STAFF

製作:
エレン・クラス (『エターナル・サンシャイン』、『コーヒー&シガレッツ』)
プロデューサー:
ケイト・ウィンスレット、ケイト・ソロモン
製作:
トロイ・ラム、アンドリュー・メイソン、マリー・サヴァレ、ローレン・ハンツ
製作総指揮:
ジュリア・スチュアート、ローラ・グランジ、フィノラ・ドワイヤー、トーステン・シュー マッハー、ビリー・マリガン、ジェイソン・デュアン、クリスティーン・ジャン、レム・ド ブス、リズ・ハンナ、ジョン・コリー、クレア・ハードウィック
脚本:
リズ・ハンナ、マリオン・ヒューム、ジョン・コリー
美術:
ジェマ・ジャクソン (『アラジン』、『ジェントルメン』)
キャスティング・ディレクター:
ルーシー・ビーヴァン、オリヴィア・グラント
衣装:
マイケル・オコナー (『アンモナイトの目覚め』、『ある公爵夫人の生涯』)
ヘアメイク:
イヴァナ・プリモラック (『愛を読むひと』、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』、 『つぐない』)
音楽:
アレクサンドル・デスプラ (『シェイプ・オブ・ウォーター』、『グランド・ブダペスト・ホテル』)
編集:
ミッケル・E・G・ニルソン

PRODUCTION NOTE

リー・ミラー 生涯年表
  • 1907年 4月23日米国生まれ
  • 1925年 18歳パリに渡る その後コンデ・ナストと出逢い「VOGUE」などでファッションモデルとして活躍
  • 1929年 NYから再びパリを拠点に活動 マン・レイのアシスタントとなる
  • 1932年 マン・レイと別れNYへ戻り、自身の写真スタジオを開設し活躍
  • 1934年 一度目の結婚 一時カイロへ移住
  • 1937年 再びパリに戻る
  • 1938年 フランス・ムーシャンで芸術家のローランド・ペンローズと出逢う
  • 1939年 ローランド・ペンローズとロンドンへ移住
  • 1940年 英国版「VOGUE」にて写真家として活躍
  • 1942年 米国「LIFE」誌のカメラマン デイヴィット・シャーマンとチームを組み戦争の前線を取材
  • 1945年 4月30日ミュンヘンにあるヒトラーのアパートの浴室で写真を撮り、第二次世界大戦の終わりを告げる
  • 1947年 ローランド・ペンローズと結婚 息子のアントニーが生まれる
  • 1977年 英国ファーリー・ファームにて死去
モデルとしてのリー・ミラー
コンデ・ナストとの出会いから創刊間もない『VOGUE』の誌面を飾るなどトップモデルとして活躍
当時の最高クラスのフォトグラファーからひっぱりだこで「モダンガール」の象徴
写真家としてのリー・ミラー
マン・レイのアシスタントとなり「ソラリゼーション」をマン・レイと共に考案
※「ソラリゼーション」とはモノクロ写真の白と黒が反転する現象
この時期にパブロ・ピカソ、ジャン・コクトー、サルバドール・ダリら時の天才たちと幅広く親交
その後、NYを拠点としたリーは、次々と作品を発表し、自らのスタジオもオープン、フォトグラファーとして大きな成功を収め、世界各国のクライアントからの引き合いが殺到
自らの作品を集めた展覧会を開催
当時の最高クラスのフォトグラファーからひっぱりだこで「モダンガール」の象徴
第二次世界大戦 報道写真家としてのリー・ミラー
英国版「VOGUE」の写真家となり、パリのナチス占領下の残虐な行いを記録
その後米国従軍記者になり、ヨーロッパへ向かう
1944年、仏 サン・マロの包囲戦を乗り越え、史上初めてのナパーム弾が使用された瞬間をスクープ
1945年、独 ブーヘンヴァルト強制収容所とダッハウ強制収容所が解放されたその⽇に、現場に初めて⾜を踏み⼊れ、何千何万という数の⾏⽅不明の⼈々の死体を記録
1945年4月30日、ヒトラーが自死した日、ミュンヘンにあるヒトラーのアパートの浴室を記録
実在したリー・ミラーという女性の人物像
—映画の始まり
ケイト・ウィンスレットがこの映画制作に乗り出すきっかけとなったのは、リー・ミラーの過去の断片に偶然触れたことだった。それは、リー・ミラーの夫となるローランド・ペンローズの義妹の持ち物であった8人掛けのテーブルとの出会いだった。リー・ミラーが喜びに満ちた夏を過ごしたコーンウォールの家のキッチンの中心にあったテーブルだ。ローランド、マックス・エルンスト、ノエル・カワード、ポール・エリュアールなどと囲ったテーブルなのだ。このテーブルを手に入れたことで、ウィンスレットの創作の旅が始まった。
リー・ミラーについて掘り下げていくうちに、ウィンスレットの中で、「どうして今まで誰も彼女のことを映画にしなかったのか?」という切実な疑問が生まれた。そして彼女のことを知りたいと強く思うようになった。ウィンスレットはリー・ミラーとローランド・ペンローズの息子のアントニー・ペンローズと連絡を取った。その後、何年にもわたりアントニー・ペンローズの密接な協力を得て、ウィンスレットはミラーの非凡な人生を覗き込むための長い創作プロセスに足を踏み入れた。
—リー・ミラー フォーカスした人生の10年間
ウィンスレットにとって、この脚本でリー・ミラーの人生における特定の10年間に焦点を当てることは、ある意味「大勢の男性アーティストの視線に晒されてきたモデルとしてのリー・ミラーに対する先入観を捨てるため」であった。「私たちが伝えたかったのは、リーがどのような人物で、戦争写真を撮るという経験が彼女をどう変えたのか、ありのままの真実だった。そして、女性写真家として英国版『VOGUE』誌で活躍し、第二次世界大戦中に従軍記者として最前線で活動していた彼女の中年期に焦点を当てることで、その真実は徐々に明らかになっていった」

リー・ミラーは、より多くを知り、より多くを学び、自らを進化させるため、固定概念から自由になりたいという願望に従い、自己改革を通じて多彩な人生を生きた。女性たちのリーダーであろうとしたリーの有名な言葉に、「写真を撮られる側ではなく、撮る側でありたい」というものがある。彼女は素晴らしい女性である。
リー・ミラーが記録した報道写真
—ライプツィヒ市長の娘の写真
脚本が完成し、次の課題はミラーが撮ったどの写真を映画に組み込むかということだった。ヒトラーの住居やダッハウ強制収容所でのシーンは極めて重大な場面だったが、ライプツィヒでのナチス関係者の自殺写真も外せなかった。
「リーが撮ったとても有名な写真に、市長の娘を間近で撮った写真があるの。まるでドレスデン・ドールのような15歳の少女で、可愛い小さな歯までしっかり写っている。このナチスの少女は自分の父親に自殺を強いられた。とても恐ろしくて衝撃的な写真」と、ウィンスレットは話す。これらの写真はミラーが他に類を見ない写真家であることを示すものであり、彼女の写真家としての才能だけでなく、彼女がどのような女性であったのかを明らかにするためにも、この映画にとって重要だった。
—ダッハウ強制収容所
ダッハウ強制収容所で撮られた写真は、報道写真家としてのミラーの執念の証であり、真実を伝える覚悟の表れでもあった。そしてこれらの写真を使うことはウィンスレットにとって非常に大きな意味を持っていた。「遠くから撮ることもできたはずだけど、リーは死体だらけの列車によじ登り、その死体の中に立ち、米軍衛生兵の覗き込む顔をカメラに収めた。彼女は、祖国の人々が知らない、実際に起きた出来事の恐ろしさ、そして関わったすべての人に戦争が与える影響の大きさを伝えたかったはず」と、そして、「リーは人々に『believe it』と懇願する記事を添えて「VOGUE」のオードリー・ウィザーズに手紙を書いている。でも人々は信じなかった。ホロコーストで起こった出来事の大部分が長きにわたり隠蔽されていたことは驚くべき事実。ニュルンベルク裁判のことを考えると、つい最近の出来事のように感じる。隠蔽はあまりに酷く、リーにはそんな生き方を受け入れられなかった。それが結果として彼女を蝕んでいった。でもそれが彼女の素晴らしさでもあった。彼女は何がなんでも突き進んだ」とウィンスレットは語る。
彼女の自由な精神と表現力があったからこそ、誰も見たこともない戦線の裏側をカメラに収めることができた。

ペンローズは、「彼女の写真を特徴づけるのは思いやりだ。彼女が本当の苦しみを知っていたからこそ撮れた写真なんだ。彼女は疎外され、酷い仕打ちを受けることの辛さを知っていた。危険にさらされる恐怖を知っていた。そしてそれらは彼女の写真を通して浮かび上がってくるんだよ」と話す。

リー自身、幼少期に酷い虐待を受けているが、彼女はその体験から人生に絶望するのではなく、自分を取り巻く世界を理解するための方法としての共感力の基盤を築いたのだ。
—ヒトラーのアパートの浴室
「リーがヒトラーの浴室に入って撮ったこの写真は、この映画に絶対に外せないものということは全員がわかっていた。とても象徴的な写真だから。歴史学者たちは、私たちが数年かけてやったように、この写真について理論を立て、調査してきたけれど、この部屋で何が起こったのか、どのようにあの写真が撮られることになったのか、その真実を知る人は誰もいない」と、ウィンスレットは語る。「このようにアイコニックな写真は、事実や真実から逸れることなく、ありのままを見ればいい」と、彼女は続ける。「でも、この瞬間がどのように生まれたのか、二人の会話、二人の間に渦巻くエネルギー、そしてこの写真が実際どのように撮影されたのかという技術的な側面について、納得のいく答えを導き出すのには時間がかかった」

アンディ・サムバーグは、それは非常に感情の昂る場面だったと振り返り、「リーとデイヴィッドは、信じられないほど強烈で悲惨な場面を共に乗り越え、そこから抜け出したことでお互いのすべてを理解し合っていたと思う。それは人生において本当に価値のあること。ある意味、そこが私たちの旅、そして彼らの旅の終わりとなるわけだけれど、彼らのレガシーは残っているし、これからも残っていくと強く感じる」と話す。

ウィンスレットは、「ミラーとデイヴィッドがダッハウ強制収容所の解放をカメラに収め、そこでの汚れをヒトラーの浴室で洗い流したその朝、ヒトラーとエヴァ・ブラウンがベルリンの地下壕で自殺を図った。考えてみると本当に信じられない」と話す。

COMMENT

「女だから」
たかがそんな理由で幾度となく道を阻まれながら、それでも食らいつき、抗い、真実にカメラを向け続けたミラーの力強い眼差しが印象に残る。
演じるケイト・ウィンスレットの貫禄ある佇まいの説得力といったら。
みるみるうちにファシズムが台頭し、日常が蝕まれていく描写に背筋が凍ると共に、どこか既視感を覚えることがまた恐ろしい。
"知っているくせに、あなたはどうして平気でいられるの?"
とミラーに問われているようだ。
宇垣美里
フリーアナウンサー・俳優
リー・ミラーの名を、私はマン・レイとセットで憶えていた。有名アーティストの創造の源である麗しき〝ミューズ〟であり、その後どうやら写真家に転向したらしいというあやふやな情報だけで、彼女のことを知ったつもりになっていた。
男性の成した偉業が華々しく顕彰される陰で、女性たちの偉業は埋もれ、ほこりを被る。リー・ミラーが成し遂げた報道写真家としての骨太の仕事もまた、屋根裏の奥に埋もれていたことを、この映画は見事な仕掛けで明かしていく。
ケイト・ウィンスレットが⻑い時間をかけてこの企画を実現させたことは賞賛に値する。⾃我のあるタフな、それでいて苦悩に満ちた⼥を演じ続けてきた彼⼥の、30年超に及ぶキャリアの集⼤成だ。
山内マリコ
小説家
欧米でもまだ男尊女卑の時代。
写真家としての使命感を持つリーはそういった社会のルールに従うわけがない!
撮られるより撮る側に回ったリーが波乱万丈そのもの。
コンプライアンスなどキャッチーな運動もなく、一人で女性としての人権(権利)を戦争中にバトル。根性と才能に脱帽!
デーブ・スペクター
放送プロデューサー
リー・ミラーは質問されることが嫌いだった。だからこそ戦場に赴き自分の目で確認し写真という形で記録に残してきた。
リー・ミラーが口にする『同じ場所にいたらものごとは見えてこない。』このメッセージこそが戦場報道の本質だ。
無邪気であっても殻を脱ぎ捨て自分にできることは自分でやっていく。
リー・ミラーの気概は今を生きる多くの方々のエネルギーとなるはずだ。
渡部陽一
戦場カメラマン
私たちは常に何をすべきかを問い続けて生きている。主人公のリーは、モデルから写真家に転じ、ひたすら戦争の中にある真実を追い求め、写真を撮り続けてきた。
写真家は被写体に最も近づける職業だ。喜びも悲しみもレンズのすぐ前にある。時代を正しく見つめ、そこから見える真実を記録することは意義あることだ。
写真に残した真実を知ることで、人々は世界で起こっていることを知り、その上で一人一人が生きる価値や何をすべきかを見つけられるのだ。
私たちの行動は、それを裏付ける何かしらの過去や真実が原点として心の底辺にあり、その後の生き方や表現のテーマにつながっている。
自分に正直であり信念を貫き通した彼女の生き方を、私は同じ写真家として誇りに思う。
ハービー・山口
写真家・日本写真芸術専門学校校長
当時、今よりさらに女性として挑戦するにはあまりに過酷な戦場で、写真を撮り、生き抜く。
欧州各地で憎しみと不安が渦巻く中、傷ついた人たちを写す。
身体中包帯の兵士、裏切り者だと髪を剃られた女性、レイプされた少女、山積みの痩せ細った死体たち。
有名なバスタブ写真にはどんな想いが込められているのだろうか。
圧倒的なリアリティとほんの少しのスパイスを加えた彼女の写真は多くを語る。
そこに至るまでの、彼女自身のアイデンティティーの模索にも共鳴する人が多いのでは。
トラウデン直美
モデル
リー・ミラーの伝説
マン・レイが撮影したリー・ミラーのポートレート、とりわけヌードでポーズをとる写真を見たことがある者は、誰でもその輝くばかりの美しさに魅了されてしまうだろう。
だが、本作『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』が描き出すのは、伝説的なモデルとしての彼女ではない。「撮られるよりも、撮る方が好き」だった彼女は、写真家に転身し、イギリスからヨーロッパに渡って、戦争の犠牲者たちの凄惨な状況をカメラにおさめていった。
写真家として、もうひとつの伝説を打ち立てていくプロセスが、思いがけない角度から露わになっていく。
そのことに強い衝撃を受けた。
飯沢耕太郎
写真評論家
恐ろしい現実から目を背け、起きている問題を黙殺する社会に、写真の力で切り込む。
トップモデルだったリー・ミラーはなぜ戦争の現実を伝える報道写真家になったのか。そこには数々の出会いと別れ、そして自由をこよなく愛する心と踏みにじられることへの怒りがあった。
女性の権利が平然と奪われ、声を上げても届かなかった時代に、芸術と諧謔と反骨精神で人生を切り拓いた彼女の眼差しには現代にも通じる力がある。
ビニールタッキー
映画宣伝ウォッチャー
圧倒的なケイト・ウィンスレット!
友人たちとの野外ランチで、リー・ミラーは衆目を気にすることなく裸になる。それは“この場にいるあなたたちのすべてを共有します”という彼女の署名でもある。
勇敢で獰猛なリー・ミラー。
モデル=被写体になることよりも世界の語られるべき真実、声を探求する女性。リー・ミラーがウェストレベルファインダーのカメラを構えるとき、すべての戦いは始まっている。彼女が世界のファインダーになる。声の代弁者となる。
すべてを共有せよ、と彼女は言う。目を背けてはならないと彼女は言う。
ケイト・ウィンスレットは、リー・ミラーの不屈の精神、隠された恐怖、内なる傷跡、熱量や疲労までをも全身に纏っている!
宮代大嗣
映画批評
女性の視点を通した稀有な戦争映画でありキャリア伝記。
主人公リー・ミラーといえば、かのパブロ・ピカソにも描かれた美術界のミューズ。
しかし、この映画が讃えるのは、彼女の真の功績。「女性禁制」の戦場に足を踏み入れ、少女を含む被害者たちの姿をカメラにおさめた写真家としての勇姿だ。
これまで「美しさ」ばかりが注目されてきたリーを「もがきつづける信念の人」として描いたケイト・ウィンスレットの力演に心打たれる。
前人未到の挑戦を可能にした女性編集長との絆も印象的だ。
今だからこそ成し得た映画であり、後世に伝えられるべき物語。
辰巳JUNK
ライター
「戦争が生み出す憎しみと悲しみ。奪われた愛と友情。
今作は、その全てをフィルムに焼き付けようとしたカメラマンの戦いを描いた“戦争映画”だ。凄惨な戦場から目を逸らさず、命を懸けてシャッターを切り続ける姿に胸が熱くなる。
忘れられない映画に出会った。
赤ペン瀧川
映画プレゼンター